茂木健一郎『生きがい-世界が驚く日本人の幸せの秘訣-』を読んで (読書感想文)

著者の茂木健一郎氏 ( 以下、茂木 ) は、<生きがい>を構成する要素として、二番目に「自分を解放する」ことを挙げている。

その論拠には、禅の無我の精神や、マインドフルネスの中心概念である<今ここ>というキーワードをおいてもいる。( これは<生きがい>の五番目の要素でもある )

読者への覚え書き <生きがいの五本柱>

<生きがい>には大事な五本柱がある。

  • 柱1:小さく始める Start small
  • 柱2:自分を解放する Releasing yourself
  • 柱3:持続可能にするために調和する Harmony and sustainability
  • 柱4:小さな喜びを持つ The joy of little things
  • 柱5:<今ここ>にいる Being in the here and now

 

- 茂木健一郎『生きがい -世界が驚く日本人の幸せの秘訣-』( 新潮社・恩蔵絢子訳, Ken Mogi "THE LITTLE BOOK OF IKIGAI: THE ESSENTIAL JAPANESE WAY TO FINDING YOUR PURPOSE IN LIFE" )

たとえば子どもには、遊びそれじたいが生きがいという側面がある。遊んでいる子どもは、生きがいの感覚において、経済社会的な評価や自分の存在価値などとは無縁であり、あるいは子ども自身の存在をそうした社会的な意識の外においている。このような子どもの生きる態度から、逆説的に、社会的な存在である大人の世界では、自分に意識を向けてしまうとどうしても生きがいという感覚から遠ざかる、ということを言っている。換言して、子どもは無我の性質をよく表しているといえるかもしれない。

人生の意味という点において、人生哲学に日本人が貢献していることがあるとすると、無我の精神なのかもしれない。

 

神谷美恵子氏がその有名な著書『生きがいについて』で強調しているように、( 中略 ) のびのびと遊び回る子供は、ただ遊ぶことで得られる喜びこそが<生きがい>であって、真の仕事で、自分を社会的に定義するという重荷を背負わされていない。( 中略 ) これが、<生きがい>の二番目の柱「自分を解放する」ということなのだ。

 

- 茂木健一郎『生きがい -世界が驚く日本人の幸せの秘訣-』( 新潮社・恩蔵絢子訳, Ken Mogi "THE LITTLE BOOK OF IKIGAI: THE ESSENTIAL JAPANESE WAY TO FINDING YOUR PURPOSE IN LIFE" )

茂木はあくまで脳科学において生きがいの感覚を、クオリア ( 現象の質感 ) としてとらえ、清少納言の古典『枕草子』や、永平寺の禅の修行僧や、アメリカにおけるマインドフルネスという視点から、「生きがい」という日本人がもつ観念について本書で書いている。

そういったことに顕著に見える「<生きがい>の感覚」が茂木のいう「自分を解放する」という概念の軸となっている。

清少納言は、「枕草子」の中で、社会の中での自分の立ち位置について一度も言及することがなかった。彼女はまるで、今朝生まれたばかりであるかのようで、地上に今初めて落ちた雪にそっくりだ。彼女のように自分自身を忘れることは、禅の教義にもつながっていくのである。

 

- 茂木健一郎『生きがい -世界が驚く日本人の幸せの秘訣-』( 新潮社・恩蔵絢子訳, Ken Mogi "THE LITTLE BOOK OF IKIGAI: THE ESSENTIAL JAPANESE WAY TO FINDING YOUR PURPOSE IN LIFE" )

詳しくは言及されていないが、『枕草子』で清少納言が「社会の中での自分の立ち位置に言及していない」とは、枕草子が中宮定子に仕えた身である事とか、彼女の文学を作り上げる上で身につけた教養や背景を、その内容や文体にはほとんど『枕草子』であらわしていない、とも言えるかもしれない。

また、この「社会的な立ち位置にとらわれない」場は現代日本にもある。たとえば茂木は、永平寺で二十年にわたり修行を積んだ禅僧・南直哉 ( みなみじきさい ) の言を引いて、永平寺では社会的な存在定義がなんら<生きがい>の感覚にとって用を為さないというようなことを言っている。

禅僧の南直哉氏は、永平寺に二十年近く留まって暮らした経験を持つ数少ない人物だ(たいていの修行僧は数年間だけ資格を取るために留まる)。この南が次のように言っている。__永平寺の(より一般的には禅宗での)最も重要な決まりごとの一つは、能力主義をなくすことだ、と。外の世界では、人々は、何か価値あること、何か良いことをすれば、功績が認められ、信用が増していく。しかしながら永平寺の中では、立派な行為をしたからといって見返りはない。ひとたびそのシステムの中に入ってしまえば、何をしようと、どれほど熱心に瞑想をしようと、どれほど意識的に毎日の仕事に取り組もうと、何の変わりもない。誰でも、他の普通の修行僧と同じように扱われる。まるで匿名の存在、目に見えない人物となり、個性など何の意味もなさないものになる。

 

- 茂木健一郎『生きがい -世界が驚く日本人の幸せの秘訣-』( 新潮社・恩蔵絢子訳, Ken Mogi "THE LITTLE BOOK OF IKIGAI: THE ESSENTIAL JAPANESE WAY TO FINDING YOUR PURPOSE IN LIFE" )

当ブログでも、以前に 『「生の倦怠」と「死への欲求」は克服できるか』という記事において、南直哉の著作『死ぬ練習』を引いたことがある。そこで南は自分の存在、あるいは自己の苦しみのもとである自己それ自体を滅し ( = 禅における "放下" ) 、徹頭徹尾、他者の目的のために人生がある、というようなことを言っている。

やはり結局は、生きがいを、禅的な文脈でとらえると「自分」というものへの執着を手放すことがまず根幹にあるということになろうか。

なおも日本の宗教的な視点で茂木は論を進める。

日本人はどこから人生を続けていくエネルギーを見つけるのだろうか?

 

(中略) この国の立ち直る力については、宗教が根本的役割をずっと担ってきたのも確かだ。

 

地震、津波、噴火などの自然災害、戦災にまみれた日本の歴史に言及した上で、こうした日本人が経験してきた幾度もの復興の姿勢に見られるように、日本精神の根底には仏教や神道がその礎にあることを茂木は示唆している。

私は、自己の内的世界への道が、ひいては他者や外の世界にもつながる道たりえる、ということを禅やマインドフルネスに類するテーマの書籍かなにかで読んだ覚えがある。

私は三十をすぎて幾ばくという歳だが、街の見え方も変わってきた。たとえば、街のいたるところで行き交う群衆が風景の一部に感じることが時にある。その時、もはや自分と心のつながりのない、全くの他者の群れは、意味を失い、衣服や髪型、男性、女性という記号ですらない。そこにきて私個人のなかの内的世界は以前より深くなり、自分が内省的になったと感じている分、真に自分が求めているものは即物的な尺度をゆうに越えてしまった感がある。その先に、真につながり合う人や世界 ( あるいは精神世界) が存在していて、そういう個をこえた場でこそやはり茂木のいうような生きがいは感じられるものなのかもしれない。

私の街でのそういう体験と感覚は、自分と他者あるいは (精神) 世界という存在を一つにするものであり、日本人の無我的な精神として、<生きがい>の概念とつながっていくものなのかもしれない。無我や八百万の神というキーワードで表される日本人精神のいわば「集合的な」性質が日本人の生きがいと密接に関わっている。

そして生きがいは、人生の自由を求める者にとって、その第一歩目を踏み出すための道標のようなものである。他者を通してそこに自分を見るとき、同志とであい、道を共に進む。行き着く先に、死という光が待っている。死を目前に、私が生きた意味がはじめてそこで啓示される。そういうことを人生に求めていきたい。

(中略)日本の人生哲学に浸透しているマインドフルネスは、長い間善行に取り組んで自分を何段階にも克服していくという仏教の瞑想の伝統から影響を受けてきた。(中略)。

また、日本文化には儒教の教えの影響も大きい。(中略)禅という日本の伝統の中で強調される点、すなわち、自分が変わることによって、外の世界が変わるという概念は、そのようなさまざまな影響が集約されたものだ。

 

世界では、すべてがつながっていて、何一つとして孤立してはいないのである。

(中略)「八百万 (やおよろず) の神」という概念、つまり動物から植物まで、山々から小さな日用品に至るまで、自分たちを取り囲むものすべてに神がいるとするものの見方がその基調を作り出しているのである。

 

- 茂木健一郎『生きがい -世界が驚く日本人の幸せの秘訣-』( 新潮社・恩蔵絢子訳, Ken Mogi "THE LITTLE BOOK OF IKIGAI: THE ESSENTIAL JAPANESE WAY TO FINDING YOUR PURPOSE IN LIFE" )

生きがい―世界が驚く日本人の幸せの秘訣―茂木健一郎/著 、恩蔵絢子/訳|新潮社

私たちが幸福に生きる5つの条件とは? 31カ国で話題となった世界的ベストセラー!

“飾らず、おごらず、欲を持たず、控え目さと調和を愛し、今ここにいるという小さな喜びを大切にする。日本人が古来守ってきた素朴な価値観が、世界で注目を集めている。
96歳で現役をつらぬく寿司職人、毎日午前2時に目覚めて仕事を始めるマグロの仲買人、下位のまま現役を続ける力士――。
寡黙な実践者たちの生き方に脳科学者が着目し、世界に向けて発信した画期的日本人論。『IKIGAI』改題。”

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The Little Book of Ikigai : The secret Japanese way to live a happy and long life

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“Japanese men's longevity ranks 4th in the world, while Japanese women's ranks 2nd. Perhaps this comes as no surprise when you know that the Japanese understanding of ikigai is embedded in daily life, careers, relationships, and hobbies.

Neuroscientist and bestselling Japanese writer Ken Mogi shares personal insight and scientific research to provide a colourful narrative of Japanese culture and history along the way.
He identifies five key pillars to ikigai:

  • 1: Starting small
  • 2: Releasing yourself
  • 3: Harmony and sustainability
  • 4: The joy of little things
  • 5:Being in the here and now

Find fulfilment, joy and mindfulness in everything you do with the ikigai way.”

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「生ききる」という考え方

人生は苦しい。希死念慮は何度も頭をよぎるし、何も楽しいと思えない。一般の楽観主義的な凡そいっさいのこと、たとえばレジャー、娯楽、幸福観は信じられない。そうすると自分は幸福にはなれない。

だから、それを「生ききる」。思うにまかせないなら、とりあえずスタートをきってみて、途中でペースがのろくなったり、道草食って休んだりする。それは長いレースのような人生を、そうやって、ともすれば惰性的に、とでもいえる態度で、レースからはおりることなく完走を目指すようなことだ。たとえ笑顔でゴールしなくても、総身に傷をきざみ、ある者は苦渋の面持ちで、ある者は涙に濡れてゴールテープをきる。そんな者に、誰も罵詈雑言はあびせまい。そうでなければ、ゴールした順位が相対的に誰より上、下か、その程度の浅はかな人生しか送っていないのだということにすぎない。

傍からすれば褒められたことじゃなくても、とにかく自分自身のレースを走りきる。死を目指して、ただ自分の走りを完徹する、これが残された人生だと。

人生は「結果」だけでは評価できない

アラン・ド・ボトンは、彼の著書『ステイタスの不安』の中でこんなエピソードを書いている。ゴシップ記事が売りの新聞社で、著名な文学作品のキャッチコピーを選ぶならこうなるだろうと。

 

オセロー【愛に目がくらんだ移民、元老院委員と娘を殺害】

 

ボヴァリー夫人【買い物中毒の不倫女 借金地獄の末に服毒自殺】

 

オイディプス王【実母との性的関係 盲目の愛欲】

 

物語を無視した結果とはこんなにも冷酷だ。悲劇の主人公たちへの共感や理解は消え、代わりに嘲笑と軽蔑が生じる。

 

忘れてはならないのは、僕らの人生もこれと同じだという点だ。

 

どの人の人生も、ゴシップ記事の見出しではない。

とても長い物語、つまり小説なのだ。

 

- ハ・ワン『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社・岡崎暢子 訳)より

 

※強調部分は原文のまま

「いいなあ」はけっしてよくない

このまえ、フランチャイズの某カフェでこんな話が他の客から聞こえてきた。「自分のお店をもちたいんですよね」。この手の話を聞くと、なんだか違和感をいつも覚える。たしかに、個人で独立した店を開くのは、華があり素敵なことなのだろうとは思う。いや、ほんとうに?知人にそういう人がいて、個人店開業に至る苦労話や諸々の話を聞いた上で、それでもその知人はやってよかったと思っている、そのあたりまで下調べをしたうえで「自分もやってみたい」と思うなら、まだいいのだが。

そうではなく、漠然と「個人開業ってなんか素敵だな」というので自分もそれを目指すっていうのはどうなのだろう。そんなモチベーションでは私なら続かないし、実現できたとしてもなんか妥協が入って中途半端な状態で開店日を迎えそうだ。もちろん、それはきっかけにすぎず、個人開業という夢に向けて色々と準備をやっていくうちに、だんだんとその気になっていき、開店を迎えるにあたって潔々しい気分になれる人もいるのかもしれないが。

「あの人はずいぶん稼いだから、成功した人生だ」

「望み通りにいかなかったから、失敗した人生だ」

「結局、結婚できなかったから、失敗した恋愛だ」

「大成功しなかったから、この仕事を選んだのは失敗だ」

 

物語を見ずに結果だけで人を評価するような習慣は、いつしかブーメランのように戻ってきて自分の人生を評価する。

 

自分の人生は失敗だと判断し、(中略) 他人との単純な比較で自分の人生が惨めに思える。

 

しかしそれがすべてではない。

 

- ハ・ワン『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社・岡崎暢子 訳)より

 

※傍線は筆者による

当ブログでも再三書いているのだが、私には一般的に多くの人が言う「どうなりたい」「こんなことがしたい」 「こんな人に憧れる、あんなふうになりたい」というような感覚が欠けている。

それもあるからか、あるいはもっと本質的に、「自分の店がもちたい」というような漠然と人が夢にみることに対して、それはほんとうに自分が望んでいることだと果たしてどうして言えるのだろうと疑問に思ってしまう。極端にいえば、そんなことを夢みて実現したとしてもほんとうの自分のことなんて分かるはずがないじゃないか、とさえ思っている。自己実現ということには私は懐疑的である。

自己実現は、わたしの専門用語を用いれば、結果として( per effectum ) のみ 到達できるのであって、けっして意図して( per intentionem ) 到達できません。もしわたしが自己実現を手に入れようと努力すれば、わたしはそれを失ってしまいます。

 

このことについて、自己実現の概念の本来の創始者であるアブラハム・マズローもまたわたしの言うことを完全に正しいとしてくれました。マズローは文字通り次のように書いています。

 

「わたしの経験はフランクルの経験と一致している。すなわち、自己実現を直接に求めるひとびとは人生の使命からそれてしまい、じっさい自己実現を達成することはない」。

- ビクトール・フランクル『人生の意味と神』

風にふるえる火のように

私はこれまで生きてきたなかで、明日をどのように「捉えてきたか」、あるいはどのように明日に「臨んできたか」が変化してきていると思う。

明日は仕事で朝~時の電車に乗る、はじめての海外出張の出発前夜になにをおもうか、明日は仕事であるいは恋愛で大一番のうんぬんかんぬん、明日は休日で何処其処に出かける、明日は食料品の買い物に朝行かないと、というように、ありとあらゆるレベルで私たちの心はつねに明日に向かっている。

本来明日に何があろうとなかろうと、その前の日に心になにか感じる必要は特にないのだけれど、そうはいっても心配や期待など心に芽生える感情は、若い二十代の時ほど多かった。それが年を重ねて三十代までくると、フラットな状態でただ明日がくるのを待つことができることが増えた気がする。

生きていく限り明日はやってくる。明日が訪れるのを気負わず、ただ風が頬をなでて吹いてきたのをそのまま受けるように、そのまま流れていく毎日。

ある日、凪がおとずれる

世界的に有名な鮨店・すきやばし次郎を創業した小野二郎は、「死ぬまで鮨を握りたい」と言っていたそうだ。ブッダも行脚のあいだに横になって休んでいるうちに逝ったと聞いたことがある。墓前や、ベッドや畳の上に死に場所はない。死にざまは描けない。ゆえに生きざまも刻まれない。生きた証は教科書や歴史の記録の名に残るばかりではなく、その人生で貫徹し果たしたことのなかに、おのずから現れるのではないだろうか。

自分をわらうとき

 

最近になって、自分の人生や過去、現況を思ったとき、それが可笑し (おかし) く思えてくることがある。それは必ずしも自嘲ではなく、死ぬ前に「あー、可笑しかった」と思えるんじゃないかという予感に近い。みずから過去を否定しているのでもなく、これまで生きてきた喜びや悲しみ、感動や失意、そんなものをすべて引っくるめて、いまの我が身に引き受けたときに込み上げてくる笑い。そしてきたる未来にむけて、失うものがない自分をすっかり投げ出してしまう感じ。サイコロの目の1 が出るのか、6 が出るのか分からないけど、無理矢理に時の流れやまわりの人々に押しやられて、川底を転がる小石のように流されていく。

そこまで深刻に生きるものじゃない

 

よく人生は「なぞなぞ」にたとえられたりする。(中略)

しかも、その答えが正しいか否かも確認させてもらえない。ただ自分で答えを探し続けるだけ。(中略)

 

そもそも、本当に正解があるなら、こんなに多くの人が自分の人生を抱えて右往左往しないはずだ。

 

僕もずいぶん長い間、このなぞなぞを真剣に解いてきたひとりだ。

「人生は遊びじゃないんだ。真剣に生きろよ」と (中略) 。

もちろん人生が楽しいだけのはずがない。当然苦しくもあり、悲しくもあり、イライラもする。(中略)

 

そして、人生がこう問う。

「さあ、君はこの問題をどうやって解くつもりかい?」

 

人生は「答え」より「リアクション」が重要な試験

 

(中略) たまに人生に質問したくなる。

なぜ、こんなに次々と問題を投げかけるのかと。解いても解いても終わりがなく、答えもない。

 

この年になって、人生が一つのジョークのようにも思えてきた。「正解のないなぞなぞ」というジョークだ。

ジョークを投げかけられたなら、ジョークで応酬したらいい。

 

深刻になりすぎる必要はない。

毎度毎度、真摯に向き合わなくてもいい。

答えを探す必要はもっとない。

 

ジョークを受け入れられず深刻に答えるような、ダサい生き方はしたくない。

 

- ハ・ワン『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社・岡崎暢子 訳)より

 

※強調部分は原文のまま

墨消しの今

生きることとは元々無為であり、その自覚をスタートに本当に始まっていくのが新しい自分の歴史だろう。たとえその未来が、やがて過去になっていく今によって否定されるかもしれないと恐れても、尚、進んでいくものなのだと思う。

そこで新たに経験するどんな痛みでさえも、そのもう少し先にある死をおもえば、それを破滅と呼ぶのも憚る。結局、それはとるに足らない遊びにしかならない。そう考えると、死も遊びなのかもしれない。つまり死もわらうものになる。そうして歴史は、漂着した河口の先で海底に沈み、堆積していく。軽重を問わず、あまねくその命はとじる。

この 2年間なんども読んできた岡本太郎・『自分の中に毒を持て』の最後の一節を引く。これは、私が本稿に『自分をわらうとき』と題し、この 2年間で私が総括する集大成と、奇妙に同調するように思える。曰く:

ここで問題にしたいのは (中略)、人間の一人ひとりはいったいほんとうに生きているだろうかということだ。

(中略)

死という最もきびしい運命と直面して、はじめていのちが奮い立つのだ。死はただ生理的な終焉ではなく、日常生活の中に瞬間瞬間にたちあらわれるものだ。(中略)

 

そのとき「死」が現前するのだ。惰性的にすごせば死の危機感は遠ざかる。しかし空しい。

(中略)

 

人間本来の生き方は無目的、無条件であるべきだ。それが誇りだ。死ぬのもよし、生きるもよし。(中略)未練がましくある必要はないのだ。

一人ひとり、になう運命が栄光に輝くことも、また惨めであることも、ともに巨大なドラマとして終わるのだ。人類全体の運命もそれと同じようにいつかは消える。

 

それでよいのだ。無目的にふくらみ、輝いて、最後に爆発する。平然と人類がこの世を去るとしたら、それがぼくには栄光だと思える

 

- 岡本太郎『自分の中に毒を持て』

具体的にいえば、学生時代の焦点の定まらなかった過去、就職活動に失敗した過去、海外長期滞在先での挫折や失態、俗に黒歴史などともいう、悲壮な、あるいは凡そ自分のものという現実感のない記憶の数々。そういう古い自分から抜け出し、少しは学び偉くなったと思っても、結局は特に変わらない風景が目の前にはあり、からっぽな自分が、現前する (これまた無為な) 生に苦しんでいるだけ。

過去の自分が、その事実を乗り越えた先の未来で、(たとえ多少の救いがあったとしても) 目に見える形で結実することはない、という自明な敗北。

死からの還相

それは生きている根拠がほとんどなくなる瞬間である。これでは死んだほうがましなのではないかという地獄。そういう意味で、生きている限り死に臨むのはまぬがれない。それが岡本のいう、現前する死であろう。その生き地獄の果ては、真実の死である。生きながら絶えず、死の運命に向かう緊迫感が真に人間の生命だということである。そういう運命の美を岡本太郎は『自分の中に毒を持て』で説いている。

また、以下は妙に耳に付いて離れず、それでいて、シンプルに言い得て妙な印象を持った、エレファントカシマシの『漂う人の性』の歌詞である。

夢から醒めし人よ 生まれたばかりの人

昨日までとは違う よろこびに飢えた人

 

潜みし そのプライドに懸けて

歩み出せよ

 

さあ 滅びよ まどろみつつ 行こう

支配者たる時が 息の根をとめるまで

 

時からのメッセージ それは

破滅を遥か望むより 俺が

破滅へ向かって 力強く 歩むこと

 

-エレファントカシマシ『漂う人の性』

生から死への往相

何如なる事も思うにまかせぬ人生で、抗えずに流されていくだけの無為。時の濁流が、私の身を破滅に向かって押し流していく。およそ自由な意思など頭にひとかけらだって浮かばないまま、死に向かってなす術なく惰性で進んでいく生。そんなときふと浮かぶ希死念慮は、恐ろしいほどに心が解放される思いがする。

現代人の俺はよぉ 悲しき生命体

所謂 叡智に飼い慣らされた豚よ

 

そう

この人生はすべて惰性

 

まあいいさ どうだっていいさ

行け俺よ

 

強さやら 弱さやら

その全てを従えて

逃げて行け

 

もっともっと 深く俺の心へ

 

やさしさや悲しみや 飼い殺しの鬱屈をためた

病をもう一度解き放って

 

堕ちてゆく この日々を越えて

 

-エレファントカシマシ『未来の生命体』

自分との対話、自分との闘い。どんな破滅的な死がある日唐突に訪れようと、その弱さでもって強きを受け入れる。そこには (キリスト教てきな) 予定された死などない。安泰のうち和やかな死に顔で世を去る、そんな一般に流布する奇妙な理想に唾棄 (だき) し進もう。

安らかにベッドの上でなんて、死にたくない。できることなら一生し果たせる仕事を、死ぬ直前までやっていたい。無様に太陽の下で朽ち果てるみづからをわらってこの世を去るのだ。それがしあわせだ。

福澤心訓七則

 

一、世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つということです。

日本人の好きなところ

一度でも海外で生活あるいは滞在したらわかることだと思うが、日本のよくないところ、いいところが実感として分かってくる。今回は約半年間の海外生活を終え、帰国して1、2年で感じるようになったことのうち、日本のあるいは日本人の良いところを挙げてみたい。

心をこめる

むずかしい話より、先に具体的な日本での場面を。もっといい例はあると思うけど、実体験として。

最近、都市部ではコンビニは外国人店員もよく見かけるようになってきている。外国人店員を通じてレジを済ませると、レシートの渡し方はたいてい2種類に分けられる。一つは、手から手へと直接手渡す。もう一つ、釣り銭のトレイにポンっと置く人がある。まあ感染対策、などいろいろ理由は人によるとは思う。

たいていそうだと思うが、日本人の私はトレイにレシートを置かれると、何だか相手に対して感じが悪く思う。たかだかレシートでも、直接手渡された方が日本人の人情としては気持ちがいいに違いない。外国人店員に「なぜ手渡さないのか」と直接聞いたことはないので真意は分からない。が、どうせ捨てるものだし、なぜうやうやしく、さも贈答品のごとくレシートを取り扱うのか、そこが外国人には理解できないのではないかと思う。思うに、日本人はレシート一つとっても、そこに「心をこめる」ということが、自然に文化や慣習として根付いているのである。その自然な所作に、「ありがとうございました」「またおこしください」という心が、まがりなりにも託されているのだと思う。だから、手渡されたこちらも気持ちよく店を出ることができるし、そういう心遣いがあればこそまた近くを通ったらその店に自然に足を運ぶのである。事実、私は近所で中国人あたりとおぼしき女性店員がうつむきかげんにレシートを手元のトレイにさっさと置いたコンビニには、一、二度訪れたきり、全く寄ることがなくなった。

欧米圏の労働観

そもそも、この「心」を込めるというのは、日本人にこそ似つかわしい表現だと思う。たとえば「心をこめる」という意味を表すのに "put my heart into it" (これで "一生懸命" という意味はあるらしい) なんて英語では言わないだろうし、日本人がブロークンイングリッシュでそう言っても、欧米人にはポカンとされるだろう。Googleで少し検索してみても、「心のこもった」という形容詞 "sincere", "cordial", "hearty", "thoughtful" が出てくるが、日本人が当たり前のようにやっている深いレベルでの「心をこめる」に相当する動詞はあまり出てこない。

筆者は、彼らと仕事こそあまりしたことはなかったものの、オーストラリアとニュージーランドで少しの間生活したことがある。その程度の戯言ではあるものの、街や店、肌感覚で感じたのは、欧米圏の人々はたいていあまり労働に対して『真摯さ』のようなものはない。たとえば、道路の工事現場の人でも、日本のように道を通る人に会釈したりすることはおろか、そこに人が通っていることすら、彼ら欧米圏で見た人たちには意識の外にあるように思う。また、日本ではたまにお店を出て行く時に、店員が「ありがとうございました」と気持ちよく言ってくれたりするが、そんなことは海外ではほとんどない。(かわりに仏頂面の若い子が、万引き防止のチェックでバッグの中を見せろと言ってくる。)まあいい意味で、客と店員、という線引きがなく平等といえば平等なのだが。

そういう心遣いや、丁寧な接客、働き方というのは日本が世界に誇っていい、素晴らしいことだと、私は思う。

「誰かにあいたい」という感情について

以前、2016、7年頃に米津玄師のライブに行った。

 

まだ私は駆け出しで大阪で働いていた頃で、曲もまともに聞いていないのに、誘われるがままに会場の群衆の灰色の背景となった。

他のライブとおなじく通例のように曲の合間に米津玄師自身の場つなぎトークが始まり、挨拶がてらに 彼は聴衆に向けてたしか「愛してるよ」だったか、「会いたかったよ」だったか、ともかくファンへの思いが吐露されていたことをなぜか憶えている。

共振しあう波

してみると、あの「会いたかったよ」というようなライブで思いがけず放たれた彼の言葉には、どこか未来でまだ出会うまえの、私が感じている、なぜだか「誰かに逢いたい」というような気持ちも込められていたのではないかと夢想して、どこか腑に落ちるように思う。彼自身、孤独の中で過ごした過去はdioramaのインタビュー記事でも垣間見えるし、彼のそういう時代には、インタビューにもあるように分かり合えないからこそ、コミュニケーションの渇望が出てくるということがあったようだ。若い時にはこの手の、今は孤独の中にあっても、いつか何かに導かれ、誰か自分と惹かれあうあるいは共振する者があることを切に希求したりする事は往々にしてあるのではないか。

また、実際、あの当時の私は彼のファンでも何でもなく、その頃の私の感性では全然届かなかった、むしろ随分とうすら寒いセリフを言う人だな、くらいにしか思わなかった「あいたかった」は、10年くらいでようやく届いた。これは相手から未来の私に届いた声であり、私がいいたいのは未来の彼/彼女その人に「あいたい」という事である。(彼/彼女とは決して浪漫的意味だけではなく。)

めぐりあい

街は、その市中に網目のように人間が星のように散りばめられている。その乱反射に埋もれて、SOS を放射するように、それが思いのほか光速の遥かな時間の経過後に届いて、「(やっと会えたね、) 会いたかったよ」となったのではないだろうか。

そういう「未だみぬ誰か」、 霞みの向こうに映る影のような、 そんな未来の果てにみえる景色が脳裡(脳裏) に映る事が極稀にある気がする。

 

頃合いをみては またここで会おう

 

乱れ飛ぶ 交通網を縫って

 

やがて俺たちは 砂浜の文字を

高波に読ませて 言うだろう

 

「長くかかったね 覚えてる」

 

-折坂悠太 『さびしさ』

折坂悠太『さびしさ』はもっと直接的に、そのような時空をこえたような、いわば知己(ちき)との「再会」を表現しているようにも思える。他の曲、例えば『心』もそうだ。

たとえば俺は いつかの蜂

たとえば俺は いつかの蝶

 

それを思えば

ちょっとは 笑ってくれるかな?

 

砂漠の街に バンドが来てる

 

あれかけましょうか

かけましょうね

 

来づらいところで悪いんだけど

 

本当に来るなら

本当に待ってるよ

 

-折坂悠太 『 心』

そして『さびしさ』のMVは都内のとある駅あたりで撮られたとどこかで見たが、それと同じ場所で、前に記事に書いたが見知らぬ他者との邂逅が思いがけない素晴らしい体験を私に齎した(もたらした)こともあって、そのセレンディピティにも少しくロマンを感じてしまうのを禁じ得ない。

やがて俺たちは新聞の隅で

目を凝らす誰かに言うだろう

 

「今にわかるだろう 恋してた」

 

-折坂悠太 『さびしさ』

自分にであう

人と人とがであうとき、それは「自分が」その人に会いたいのか、「相手が」自分に会いたいのか。やはりそれは、誰が誰に、ではなく相手のうちに新しい自分を求めているのだろうと何となくだが感じる。

それは、自分の中には自分は見つけようとしても見つからないものだと思うから。人生にいちどでも迷った人ならきっとわかると思うが、人は、そんなに簡単に自分の事はわからない。むしろそれが自然だろう。たとえインドに「自分探しの」旅に出ても、仕事を通じて「自己実現」をめざしてみても、あるいは「自己分析」や「人生設計」なんかをしてみたところで、それで簡単に自分は見つからない。それは自分に答えをもとめすぎているからだと、思う。

やはりそう考えると、自分が人を、特に(異性愛者なら) 異性を求める心こそは、相手を探しているというより、いまと違う自分を探し求めるものなのかもしれない。中島みゆきの『糸』が思い出されるが、縦糸と横糸はお互いになぜだか、それと識らないで合わせあう。それはいつか全体を為しあっていることになる。そんな出あいを私たちは欲している。

他人の心の鏡にうつる自分をもとめて

昔の侍は

みづから 命を絶つことで

自らを 生かす道を

みづから 知っていたという

 

-エレファントカシマシ『昔の侍』

民主主義のなかった時代にもまた、人は封建制度のなかで自分を見失っていたのかもしれない。 自分がみつからなくて袋小路に迷い込んだ末、見えた光があったのかもしれない。

いまの世の中は民主主義も民主主義である。余分資金を含めた老後の年金生活、その安泰にしあわせを当てはめるのも一興。思うに若くしてFIREした欧米人あるいはグローバリズムの日本人や、出産を挟んで退職したりした女性の人なども、私のように「ほんとうの」自分のことや、第二の人生について頭を悩ますのではないだろうか。それでやはり元のようには戻れない。安泰な老後をあらかじめ確保し、一直線にそこを目指す人々の人生を、あらかじめ描く像(かたち)がさだめられた塗り絵とすると、私たちの人生はスケッチブックの真っ白なページのようなものだ。さだめられたかたちも、敢えて綺麗に色を塗り揃える必要もない。落書きのままかもしれないし、どんどん走り書きしたものを破いては描きするかもしれない。でも自分だけの一枚の絵をいつでも求めている。終わってみれば何の絵だか分からなくても、他人と同じ絵は一つとしてないだろう。塗り絵は誰が塗っても似たようなものにしかならない。

その途上で、自分を見つけさせてくれるような、言い換えれば自分にはたと気づく、そんな光をはっしている存在に出あえるかは、運としかいいようがない。それが人と人とが出あうことなのだと思う。

音楽と波 その 3

ZAZEN BOYS『半透明少女関係』で繰り返しうたわれる「俺と貴様は関係ない」「関係ない」「関係したい」という、一見すると相い対することを歌っているような歌詞がある。

KANKEIない KANKEIない

俺と貴様は関係ない

 

それでもつながる関係

 

-ZAZEN BOYS「半透明少女関係」

以前にこのはてなブログ(雨玉日記)でも書いたが、米津玄師が アルバム "diorama" (2012 リリース) の制作インタビューのネット記事で語っていることとも近い。ある人やある集団から「断絶」されるからこそ、そことは別の(あるいは当記事 その2まで書いてきたことでいう「波」のように別次元の)関係性において、「つながりたい」と人は欲求するのではないだろうか。人は、というか、そういう人もいるというか。むろん、今のまわりの関係性に馴染んでいる、あるいは満足していれば、そこで安住する者もあって然るべきだと思う。

湖面の波が他者と同期する時

そして「音楽と波」と題し、はからずも "その3" と改版して今回である。この版で主にうえであげたような、 ZAZEN BOYS の言葉を借りれば『半透明』な関係について書こうと思ったからである。先日、ある知人に瞑想の深い意味について、このような話をきいた。

「瞑想は、たんに心の邪念を鎮めるというだけではない。自分の心を、湖に張った水面のように想像すれば、そこに波も立たずに水を湛えているようにすることである。それは、他者の心を写す鏡のようになり、ひいてはその相手の心を照らす光のように自分がなるためである」

その方は、インドで継続的にスピリチュアルな実践を積まれている方であり、たびたび海を渡ってはアシュラムのような、土着の修行者がかまえている修行の場で数週間から 1ヶ月ほどのあいだ、修行者として実践をされてきたのだが、最初の頃にその先達の修行者から「まずその心をからっぽにしてから、ここの門をたたきなさい」と言われたそうだ。

街に乱反射する光

当記事 その2では筆者が街角の工事のおじさんに「いってらっしゃい」と言われた時に感じた違和から、他者の言葉によって、私 (筆者) の孤独がその暗い影を街に照らし出されたのだ、というようなことを書いた。そのエピソードを先のインドでの修行経験も持つ知人に話したところ、あの話もやはり先ほどの瞑想の深い意義と無関係ではなく、その工事のおじさんは、彼の心が静かな湖面のごとく平らかで、私の孤独の心を映す鏡のような心の持ち主だからだということで、十分頷ける話である。

その湖は濁っているか、透明か

湖の風景を心に描きながら瞑想をしていると、その浅い湖底に、まりものような苔のような、濁った丸い何かがゴモゴモとゆらめくように感じることがある。それらの表面が溶け出して、水が濁るのを感じる。それを観察すると、湖底にまたその苔のような何かが沈んで消えていき、何事もないかのように水がまた澄んでいく。

半透明な関係、不透明な関係

街にはいろんな人がいる。サラリーマン、子連れの母親、颯爽と駆けていくランニング・ウェアに身を包んだランナー。冬なのにオシャレのためにショートパンツを履いた若い女の子。何か独りごちているよく分からない老人。などなど。その人と会話したりなどせず、何も関係しなければ、何もない個人個人が東京には1千万も跋扈している。そう思うと、眩暈がしそうになる。夜空を飛び交う蛍のように、有象無象の者たちがこの街の至る所で交差し合っている。

当記事 その2で書いた、私に「いってらっしゃい」と声をかけた、よく見知らぬ街の工事現場にいた交通整理のおじさん。その儚い人間の言うなれば "運命交差路" のなかで、私はあのおじさんとの一瞬の邂逅が、この30年のなかでもっとも「透明な」関係性だったと思う。こちらは相手の表情を見る余裕もなく、マスクをしていたならこちらの表情も伝わるかどうかわからない、一瞬の出来事だったのにもかかわらず、私の孤独の心は、その一点で氷漬けの標本にされたように、あの場で永久に輝くのだろう。

しかしこのような体験は、滅多にないだろう。それこそ、一生に幾度とあるか、ないか。もっともインドなんかにいけば、修行者のレベルで日常茶飯事かもしれないが。日本で普通に居て、そんな「透明な」関係性は殆ど望むべくもない。どちらかといえば、ロマンス、マッチングアプリ、結婚、等々で相手の見える部分 (ルックス、年収など)、見えないけれども顕在化しうる部分 ( 表情、感情、言葉) を重視するのが普通の「関係」である。これは私の文脈からすれば "不透明な" 関係である。「分かり合える」という希望をもとにした、積極的な関係。しかし、上で書いたような、瞑想の湖面のような、あるいは相手の心をそのまま写す他者のような、そんな "透明な" 関係ではない。「分かり合える、合えない」をこえて、「おのづから」伝わる波なのである。

坂本龍一、福岡伸一『音楽と生命』を受けて

生の輝き

今西錦司が語っている「なぜ山に登るのか」という問いへの答えは、いまも人生で自分が「何がやりたいのか」分からない私のような人間には、希望なのではないかと思う。

山に登らなければ次の山は見えない

 

「なぜ山に登るのか」という問いに対する答えでは、(中略)今西錦司の答えはなかなかふるっています。

 

「山に登るとその頂上からしか見えない景色があって、そこに次の山が見える。だからまたその山に登りたくなるということを繰り返しながら、自分は直線的ではなくて、ジグザグに進んできた」

 

と彼は言ったんですね。

 

- 坂本龍一、福岡伸一 『音楽と生命』 (集英社)

私が以前書いた記事で、古典部シリーズという作品に出てくる福部里志という人間の言を引いて、彼のように、『 "自分にしかできないこと" などない』のではないかと私も感じていたことを書いた。

しかし、90余年の生涯で 1500 以上もの山を登ったという生物学者・今西錦司氏の『山に登るとその頂上からしか見えない景色があって、そこに次の山が見える』という言葉は、とても力強い言葉である。私自身は、たとえば野球のイチローさんのように、小さな頃からプロになる、という目標を持ちその実現に邁進する人のように目標とする山の頂上にまず旗をたて、その未来のある明確な点に向けて、現在に向けて時間的に逆行して分解した小さなステップを達成していくスタイルではない。

今西さんは、一つの山を明確に自分の目標にしてそこまでの小さなステップを積んでいくというよりは、直観にしたがって山を登り、頂上に着いてはまた、直観的に次の山が見えてくる、そんな感じを『音楽と生命』の文脈からは受ける。だから今は何か掴めなくても、もし山でゴールを見失ってやむなく下山しても、山に登ろうと思う限り、そこに新たな景色を求めていく限りは進むことができる。そういう意味で「ジグザグ」と表現しているのだと思う。その「ジグザグ」の先に、入り組めば入り組むほど、狭き道であればあるほど、『"自分にしか見えない"景色が見える』のではないだろうか。

私にとっての本を読むこと

上であげた今西錦司氏の「ジグザグに進んできた」という山登りに近いイメージで、私の読書はこの半生をたどってきた気がする。最初は、小学校のクラスの友達と学校で図書館の児童向けの小説なんかを週に何冊読めるか競っていた。それが基で本を読む習慣が続き、中高、大学生、社会人と青春小説に始まって心理学、宗教、とくに禅などの仏教、哲学、文学というふうに分野の幅が広く、深くなっていった。本を読むようになると分かることだが、その時その時に自分が求めている本というのは、ひとりでに自分の手が伸びるものである。図書館や書店の書棚の前で、じっとタイトルとにらめっこして、直観的に気になったものを手に取り、著者の経歴や目次をまず見てみて、次に本編の内容を読んで読みやすい文体かどうか、また書き手のリズムのようなものが自分に合うか、見きわめる。そして、まさに求めていた内容である、といった流れで、次に読むべき本がこの本である、と分かるのである。もちろん、求めていることは言語化できていないからこそ、それを代弁してくれるような本を探す訳で、ぜんぜん見つからないことも多い。こういうところは、直線的ではなく「ジグザグ」に、直観的に進むという今西錦司氏の山登りに対する考え方と少し近いところを感じる。

労働と仕事のちがい

今私が読んでいる本にハンナ・アーレント『活動的生』(= 独題 "Vita activa," 英題 "Condition Of Human"/ 『人間の条件』) があるが、そこでは Labor ( 労働 ) と Work (仕事) は明確に分けてある。 仕事、あるいは制作と訳されているのは英語で Work であり、今西錦司の「山登り」や、芸術作品はまさにこの Work にあたるとおもう。つまり、それ自体に何か意味があるわけでもない活動や制作。好きが昂じて仕事になる、ということにも通じているような感じがするが、もともとお金になることを想定しないで始めた「活動」が結果的に稼ぎになる。そういうことが「仕事」なのではないか。そういう意味で、はなから家計や生活のためにしているのは、「仕事」ではなく「労働」なのである。

町工場の労働者たち

私の住居は、町工場の隣接するアパートである。作業人は何やら機械をいじりながら自分も作業しているような感じでやっているし、かと思えばひっきりなしに部品か何かの小さな資材を運搬する中型トラックやバンが出たり入ったりしている。平日に部屋にいて、慣れれば気にならないが、やや騒々しい一つの日常風景である。

彼らは「労働」しているのであり、そのかたわらで、ほとんどその工場の私道のような通りと私の部屋のガラス戸一枚をへだてて、私はサーバーをいじったりと1秒も金にならないことをやっている。これはただの「活動」であり、仕事になるかもしれないし、多分それだけのことでは仕事にならないだろう。

「木を見て森を見ず」にする労働だろうと、単なる「活動」だろうと、次の「山」は見えてこないのには違いない。深い森のある箇所で延々と不毛に繰り返している。やはり活動の拠点としてはあくまで山なのであり、あらゆる活動を"鞍替え" しても、つまり山に登り続けようと動くかぎりは、次の山が見える契機がある。そしてそれが仕事になろうとなかろうと、それはそれで生の輝くもとにはなろう。山登りだろうと、読書や創作だろうと仕事だろうと、それは人生の一つである。