「誰かにあいたい」という感情について

以前、2016、7年頃に米津玄師のライブに行った。

 

まだ私は駆け出しで大阪で働いていた頃で、曲もまともに聞いていないのに、誘われるがままに会場の群衆の灰色の背景となった。

他のライブとおなじく通例のように曲の合間に米津玄師自身の場つなぎトークが始まり、挨拶がてらに 彼は聴衆に向けてたしか「愛してるよ」だったか、「会いたかったよ」だったか、ともかくファンへの思いが吐露されていたことをなぜか憶えている。

共振しあう波

してみると、あの「会いたかったよ」というようなライブで思いがけず放たれた彼の言葉には、どこか未来でまだ出会うまえの、私が感じている、なぜだか「誰かに逢いたい」というような気持ちも込められていたのではないかと夢想して、どこか腑に落ちるように思う。彼自身、孤独の中で過ごした過去はdioramaのインタビュー記事でも垣間見えるし、彼のそういう時代には、インタビューにもあるように分かり合えないからこそ、コミュニケーションの渇望が出てくるということがあったようだ。若い時にはこの手の、今は孤独の中にあっても、いつか何かに導かれ、誰か自分と惹かれあうあるいは共振する者があることを切に希求したりする事は往々にしてあるのではないか。

また、実際、あの当時の私は彼のファンでも何でもなく、その頃の私の感性では全然届かなかった、むしろ随分とうすら寒いセリフを言う人だな、くらいにしか思わなかった「あいたかった」は、10年くらいでようやく届いた。これは相手から未来の私に届いた声であり、私がいいたいのは未来の彼/彼女その人に「あいたい」という事である。(彼/彼女とは決して浪漫的意味だけではなく。)

めぐりあい

街は、その市中に網目のように人間が星のように散りばめられている。その乱反射に埋もれて、SOS を放射するように、それが思いのほか光速の遥かな時間の経過後に届いて、「(やっと会えたね、) 会いたかったよ」となったのではないだろうか。

そういう「未だみぬ誰か」、 霞みの向こうに映る影のような、 そんな未来の果てにみえる景色が脳裡(脳裏) に映る事が極稀にある気がする。

 

頃合いをみては またここで会おう

 

乱れ飛ぶ 交通網を縫って

 

やがて俺たちは 砂浜の文字を

高波に読ませて 言うだろう

 

「長くかかったね 覚えてる」

 

-折坂悠太 『さびしさ』

折坂悠太『さびしさ』はもっと直接的に、そのような時空をこえたような、いわば知己(ちき)との「再会」を表現しているようにも思える。他の曲、例えば『心』もそうだ。

たとえば俺は いつかの蜂

たとえば俺は いつかの蝶

 

それを思えば

ちょっとは 笑ってくれるかな?

 

砂漠の街に バンドが来てる

 

あれかけましょうか

かけましょうね

 

来づらいところで悪いんだけど

 

本当に来るなら

本当に待ってるよ

 

-折坂悠太 『 心』

そして『さびしさ』のMVは都内のとある駅あたりで撮られたとどこかで見たが、それと同じ場所で、前に記事に書いたが見知らぬ他者との邂逅が思いがけない素晴らしい体験を私に齎した(もたらした)こともあって、そのセレンディピティにも少しくロマンを感じてしまうのを禁じ得ない。

やがて俺たちは新聞の隅で

目を凝らす誰かに言うだろう

 

「今にわかるだろう 恋してた」

 

-折坂悠太 『さびしさ』

自分にであう

人と人とがであうとき、それは「自分が」その人に会いたいのか、「相手が」自分に会いたいのか。やはりそれは、誰が誰に、ではなく相手のうちに新しい自分を求めているのだろうと何となくだが感じる。

それは、自分の中には自分は見つけようとしても見つからないものだと思うから。人生にいちどでも迷った人ならきっとわかると思うが、人は、そんなに簡単に自分の事はわからない。むしろそれが自然だろう。たとえインドに「自分探しの」旅に出ても、仕事を通じて「自己実現」をめざしてみても、あるいは「自己分析」や「人生設計」なんかをしてみたところで、それで簡単に自分は見つからない。それは自分に答えをもとめすぎているからだと、思う。

やはりそう考えると、自分が人を、特に(異性愛者なら) 異性を求める心こそは、相手を探しているというより、いまと違う自分を探し求めるものなのかもしれない。中島みゆきの『糸』が思い出されるが、縦糸と横糸はお互いになぜだか、それと識らないで合わせあう。それはいつか全体を為しあっていることになる。そんな出あいを私たちは欲している。

他人の心の鏡にうつる自分をもとめて

昔の侍は

みづから 命を絶つことで

自らを 生かす道を

みづから 知っていたという

 

-エレファントカシマシ『昔の侍』

民主主義のなかった時代にもまた、人は封建制度のなかで自分を見失っていたのかもしれない。 自分がみつからなくて袋小路に迷い込んだ末、見えた光があったのかもしれない。

いまの世の中は民主主義も民主主義である。余分資金を含めた老後の年金生活、その安泰にしあわせを当てはめるのも一興。思うに若くしてFIREした欧米人あるいはグローバリズムの日本人や、出産を挟んで退職したりした女性の人なども、私のように「ほんとうの」自分のことや、第二の人生について頭を悩ますのではないだろうか。それでやはり元のようには戻れない。安泰な老後をあらかじめ確保し、一直線にそこを目指す人々の人生を、あらかじめ描く像(かたち)がさだめられた塗り絵とすると、私たちの人生はスケッチブックの真っ白なページのようなものだ。さだめられたかたちも、敢えて綺麗に色を塗り揃える必要もない。落書きのままかもしれないし、どんどん走り書きしたものを破いては描きするかもしれない。でも自分だけの一枚の絵をいつでも求めている。終わってみれば何の絵だか分からなくても、他人と同じ絵は一つとしてないだろう。塗り絵は誰が塗っても似たようなものにしかならない。

その途上で、自分を見つけさせてくれるような、言い換えれば自分にはたと気づく、そんな光をはっしている存在に出あえるかは、運としかいいようがない。それが人と人とが出あうことなのだと思う。